キタノカチドキの皐月賞から33年

画像競馬ファンのほとんどの人がそうであるように、私も馬券を取ったレースは、鮮明に記憶しているが、外したレースはあまり記憶にない。

相性の良い桜花賞に比べ、皐月賞は、あまり記憶に無く。馬券でいい思いをした記憶もない。

思い出すのが2000年、エアシャカールが勝った皐月賞私の買ったラガーレグルスは、何とゲートを出ずにレースを終った。「ラガーレグルスがゲートを出ません!」と、アナウンスが流れた瞬間に、私の馬券は紙屑となったが、問題はその後である。

画像短距離競争のように、ゲートの前を二度と通らない競争なら問題はないが、四コーナーの入り口でスタートする中山の二千Mは、一周した馬が再び、そこを通過する。約二分、いや、危険防止の為、三コーナーあたりで馬を止める判断を下さないといけないとなると、一分足らずで、ゲートを移動させなければ、レースは不成立になる。

ゲートを出なかったラガーレグルスは、スタート直後に写った映像を見るとゲートで引っ掛かり暴れている。テレビ画面で見ていた私は、その後写らなかったゲートでの出来事を確認する事が出来なかったが、現場で作業をしていた係員や、現場で見ていたファンは、はらはらしながらレースを見守った事でしょう。

画像各馬が四コーナーに差し掛かった時には、ゲートが移動されていました。その後、ラガーレグルスは、発送再審査を命ぜられるも合格に至らず、持てる素質を開花しないままに引退を余儀なくされてしまい、皐月賞が事実上の引退レースとなりました。

私が競馬を始めた頃は、関東馬が強く。たまに「関西の秘密兵器」と、言われる馬がクラシックを目指し東上しても、たいがい負けて帰って来たものでした。

ところが、1974年の牡馬クラシックでは、キタノカチドキと言うとんでもなく強い関西馬が出現。久々に関西馬が三歳(当時は四歳)のクラシックで主役を務めました。

画像ただ、厩務員ストライキの影響で、皐月賞が三週間順延。中山競馬場でなく、東京競馬場で開催されたのです(その日は、同時にダービートライアルのNHK杯が行われました)。

結果は、やはり関西の主砲キタノカチドキが、七戦無敗で皐月賞を優勝。しかし、その後の彼はストによる変則開催で体調を崩し、それに追い討ちをかけるように、ダービーでは、七枠19番(単枠指定)の枠順も災いし、初の敗戦(三着)を味わう事になりました。

今年の皐月賞は、混戦で馬券的には、おもしろいレースですね。ただ、毎年この季節になると問題になるのが春闘。今年は、ストに突入する公算が高いとも囁かれています。

ファンあっての競馬。何とか最悪のストライキだけは、回避してもらいたいものです。

写真は、先週行われた桜花賞のパドック。人が一杯で、いい写真が撮れませんでした。(腕も三流で・・・) 最後の写真は、28年前、北海道の牧場で撮って来たキタノカチドキの雄姿。骨折した左後肢は細く映りました。

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