ドラマのような人生

画像新年十日間で八日も休みだったお店。

店ネタ中心の私のブログも、ネタに尽きついつい自分の自虐ネタに走ってしまいましたが、まぁ、人の事書くより自分の事を書く方が楽(批判等も来ないしね)。すべてノンフィクションですから・・・

高校生までは普通の生活。と、言うより社長の息子としてボンボン扱いだったし(柴ボンと言うあだ名もそこから)、自宅には住込みのお手伝いさんと家庭教師がいました。

二度、三度に渡る詐欺事件の被害者となり、父の会社は倒産。自宅の家具は差し押さえの紙が貼られ、やがて自宅も人の手に渡り借家住まいに(ペット飼育禁止のマンションで、親から愛犬を手放すよう言われ近くの山で飼育。毎日餌を持って自宅近くまで通ってましたが、いつの日か行方不明に)。

高校時代には、週末になると東京板橋の巣鴨にあるローラーゲームのトレーニングスクールに通い、大学は受かったもののほとんど通わずローラーゲームに打ち込んだ青春時代。

親から「授業料を払わないと除籍になる」と、連絡があった時「もう大学に戻る気はないから払わんとって」と、ローラーゲームの選手で生きて行こうと考えていた血気盛んなアホ青年。

やがて、ブームが去り興行収入不振により解散となった東京ボンバーズ。

大学をやめても社会人として就職もせずプー太郎として親のすねを齧っていたバカ息子。

大好きだったテンポイントの死で、「お墓参りに行きたい」と、約一ケ月の北海道旅行を計画(金はないけど、暇だけは持て余していたプー太郎時代)。

そこで知り合った牧場で翌年アルバイトとして下級牧夫を半年間経験。

実家に戻ったきっかけは、牧場で知り合った女性と結婚したかったから。

婚約して、結婚式の日程と新居を決め、招待状を出した直後の破談。

相手は、浦和で鋳物工場を経営する社長令嬢。大宮駅前にある御殿のような家に挨拶に行った時にびっくりしたものですが、当時からこの結婚話には反対だったとか。

そらそうでしょ。相手は、今年から社会人の貧乏新入社員。興信所で調べれば、親が借金まみれ(当時は貿易会社をやめてうどん屋自営)と言うのはすぐわかる。

何度も「もう少しお付き合いして、それでも一緒になりたいのなら・・・」と、彼女の両親から諭された。

初めて勤めた会社は、結婚式で仲人をして頂く予定だった父の親友のコネで入社。

入社を拒んで何度も父と対立(結婚話が破談になり再び北海道へ行くつもりでした)しましたが、父の親友の「わしの顔を立ててくれ」で、不本意ながら入社。

入社してからの私は、持ち前の負けん気で同期のライバルに負けまいと必死で仕事に打ち込み。良き先輩方にも恵まれて充実していたのですが、四年後父が破産宣告。

貿易会社時代からの借金が膨れ上がり貿易会社時代から母にレジ番をさせて経営していたうどん屋も閉店。

私の会社にも債権者がやって来て、会社で大暴れ。責任を取って私も退社する事に。

その後は、先輩が紹介してくれた不動産会社でフルコミッションとして従事。夜逃げして来た住まいを捨て先輩名で契約してくれた部屋に住み、住民票も動かせない雲隠れ生活。

「債権者に見つかったら、俺に連絡して来い!いつでも話に行ったる」当時の上司(先輩)の言葉がどれだけ心強かったか。

結局、債権者は誰も来ず(債権者会議にも、無利息で貸してくれた親戚、知人だけが出席で、高利を貪っていた業者は一社も出席せず)。

当時の事を綴った日記(http://k-bar.at.webry.info/200606/article_15.html

三十三歳の時に、父が癌で他界。母一人でうどん屋もできないので、不動産業を卒業してうどん屋に。

うどん屋時代もいろいろありました。

住宅会社時代の先輩に紹介された外国人女性が好きになり、四年間同棲。そして強制送還。

彼女は、オーバーステイでなく密入国でした。

帰国後しばらくは、彼女の国にお金を送ってました(バカですね)。

そして阪神大震災。

いままで当たり前のように週末集まって競馬~麻雀~ポーカーをやっていたバクチ部屋(私の部屋)に、仲間が集まらなくなり、自宅(分譲マンション)購入と同時に結婚を決意。

出会ったのは、私にはもったいない最高の嫁。私の人生で、一番のお手柄と言えるのは、亡くなったカミさんのハートを射止めた事でしょうね。

なによりも、母に親孝行が出来ました。母も「息子より可愛い」と、嫁を可愛がってくれたしね。

そんな私の人生を振り返り、亡くなった家内に話すと「これで私が死んだら、ドラマみたいな人生やね」と、冗談ばりに言ってましたが、本当に三年前旅立ってしまいました。

思えば、結婚して三年目に急性骨髄性白血病を患った時から、こんな日が来るのを覚悟していたのかも知れませんね。

今は、家内と母の眠るお墓に花とお線香を供えるだけしか私には恩返しが出来きませんが、感謝の気持ちで墓前に手を合わせています。

写真は、ローラーゲームの選手時代のポスター(家内の遺品整理をしていると、懐かしいものが一杯出て来ます)。東京ボンバーズが解散になって、地元関西でプロチーム(ウエスタンキャッツ)を結成。何試合か興業をしたのですが、観客ガラガラ。ファイトマネーとして渡されたチケットも、ただで友人にバラ撒いてました。

ポスターのモデルは、よーいドン!で「隣の人間国宝さん」として紹介されていた安床氏。

私はローラーゲームを捨て、社会人となったのに対し、彼はローラーで人生を全うして息子二人をインラインスケートの世界チャンピオンに育て上げた人間国宝にふさわしい人物です(http://k-bar.at.webry.info/201608/article_4.html)。

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