38年前の青春が蘇る

画像おはようございます。

今日も、予約日記(火曜日の夜に書いています)。

日記は、書きたい時に書き溜めておくのが一番(13年間お店の日記を書いて来た秘策)。

今週のお休みは、遊人(休みの日に遊んでくれる友人)が、山本二三展に付き合って欲しいと言う事で、六甲アイランドの神戸ゆかりの美術館へ。

「天空の城ラピュタ」や「時をかける少女」などの美術監督を務め宮崎駿監督の作品を支えて来た職人技による背景画やイメージ画を集めた「山本二三展リターンズ」(http://www7.kobe-np.co.jp/blog/nizo-returns/#p1)へ。

アニメに興味のない私でも、家内に付き合って観た宮崎駿監督の作品で何度か、お目にかかった事のある背景画に魅せられ、あまりにも美しい描写を「自宅に飾りたい」と、おみやげに買ってしまいました(笑)。

画像「よし!今度は俺に付き合って」

向かった先は、六甲アイランド内にあるグッドスケート(http://www.goodskates.com/)。

インラインスケートの本格的スケート場で、社長は私と同い年で、昔、ローラーゲームの選手仲間だった安床氏。

若い頃の私、ローラーゲーム(多分、五十代以上の年配しか知らないスポーツ。一時はデレビのゴールデンタイムで放映され日本武道館を満員にしたプロスポーツ)の選手をやっていて、彼とはチームメイトでした。

画像昭和四十年代後半から、五十年代前半に一世を風靡したプロスポーツでしたが、約五年ほどでブームが去り、テレビ放映も終了。全国を転戦した試合でも、観客が集まらなくなり。東京ボンバーズ解散。その後、関西で立ち上げたチーム(ウェスタンキャッツ)で興業するも失敗。最後は、ファイトマネーがチケットと言う窮地にまで追い込まれてました(私も、ローラーゲームの選手卒業記念として、何人かの友人にチケットを進呈して試合に来てもらいました)。

その後の私は、北海道の下級牧夫(半年間牧場でバイト)を経て就職。夢に挫折した一人だったのですが、彼はローラースケートとともに生きて来た人生を続けていたのです。

三国のスケート場でインストラクターをやっていると言うとこまでは知っていたのですが、その後風の噂で、彼の息子がインラインスケートの世界チャンピオンになったと聞き、仲間の活躍に嬉しくなりました。

画像しかも、兄弟が連続で世界チャンピオンに輝くと言う偉業。幼い頃から、親の背中を見て育ったのでしょうね。

たまたま、インラインスケートをするお客様から「六甲アイランドで、スケートパークをやっている」と、聞きいつか会いに行ってみようと思ってました。

そんな時、何と!朝食時にいつも見ている「よ~いドン!」の人間国宝さんで安床親子が登場。

「おっ!やっさんや」

「やっさんって誰?」元気だった頃の家内に聞かれ「昔、ローラーゲームと言うプロスポーツの選手やった頃の選手仲間やねん」と、言うと

画像「えっ?ローラーゲームの選手やったん」

それぐらい、ローラースケートを封印してました。

「そうか元気でやってるんや。近いうちに会いに行こう」そう思いながら、家族の病気、入院、仕事に追われ、そんな遠いところではないのに、ここまで来るのに五年以上かかりました。

約38年振りに会うやっさんは若かった。若い連中相手に指導しながら、自らも体を鍛えているのでとても還暦には見えません。

「場所わかったから、また遊びに来るわ。滑る気はないけど(笑)」(いまでもスケート靴は処分せず置いてます)

「俺も、今度店に行くわ」と、挨拶を交わして後にしたグッドスケート。

「当時、出演したテレビのビデオに写真、ポスターもあるで」(昔のビデオ紛失したので見たいそうです)

またお店で輝いていた青春時代の話をしましょう。今日は、充実したお休みでした♪

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