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zoom RSS マスターの入院生活日記 9

<<   作成日時 : 2018/07/12 13:45   >>

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画像連日、暴露話を公開している私の日記。

本日の日記は、入院中に執筆中間違えて公開してしまった日記です。

突然フィリピーナとの同棲話が飛び出してびっくりされた読者の方もいらっしゃると思いますが、話の流れがあるので改めて公開します。

入院生活も今日で十二日目。

入院して良かった(いい事はないけど)事は、お仲間さんの愛を感じた事。

今日も先程来てくださったシロクマさんの団体で、都合十八人のお客様に見舞って頂けました(愛されてるなぁ〜)。

本来、大人数で来られた時は「談話室」にて会話したいのですが、こちらの病院の談話室は、認知?気味老人のたまり場になっていて、たまに椅子が開いていて座っていると、意味不明の言葉で話しかけられます。

仕方なく他の患者さんに迷惑と思いながら病室のベッドで対応。

明日は、辛い厳しいリハビリが日曜で休みなので気が楽です🎵

画像さて、私の暴露話シリーズ。今日は、四年間同棲した外国人女性について暴露します。

彼女とは、先輩の紹介で知り合いました。

「柴田、お前彼女おるんか?」「いえ、いません」

「よし、いい子がいるから紹介したろ」

先輩に紹介してもらった女性はフィリピーナ。

先輩は、奥様、お子様がいながら自己所有のワンルームマンションに女性(フィリピーナ)を囲っていたのです。

そこへ友達のフィリピーナが同居するようになり困ってました(先輩にしたら邪魔者)。

そこで白羽の矢が立ったのが私と言う事です。

付き合いだして二ヶ月。

「どうや、彼女とうまくいってるか?」

画像「お陰様で…先日、ディズニーランドへ泊まりで行って来たんですよ」と、言うと

「そろそろ引き取れや」と、言う流れになり一緒に暮らす事に。

彼女は、日本に来て四年。英語とタガログ語以外に日本語もベラベラでした。

そして何よりも「いい子」だと感じたのは、週末仲間が集まって競馬、麻雀をしている時も嫌な顔ひとつせず、ご飯やおつまみを作って出してくれたのです。

もちろん競馬のない祝日には、彼女の希望を聞いてテーマパークや温泉へ一泊旅行するなど、お礼として私も楽しんでましたけどね(笑)。

画像彼女との間に子供も授かったのですが、中絶しました。

「産んでもいいよ。責任取るから…」と、言ったのですが、「おろす」と、彼女が答を出したのには、訳がありました。

強制送還と、言う形で私達は、別れる事になったのですが、私は、彼女が捕まるまで密入国だと知りませんでした。

半年に一度「パスポートの切り替えだから国に帰って来る」と、一週間家を空けてましたから。

一緒に住み出して四年。

突然彼女が言い出したのは「部屋を借りて」でした。

「えっ?何で」

その訳は「服に犬の臭いがつく」でした。

「なんでや。今まで四年も一緒に住んでたのに…」

まぁ、平日彼女は、夜の仕事で私は昼の仕事。お互い寝顔しか見ない生活だったので、週末帰って来る事を前提に部屋を借りてやりました。

画像ところがマンションを借りてまだ一ヶ月も経たないうちに、大家さんから「あんたとこの女の子、毎日男あげとるで」と、電話が入りました。

むっ?部屋を借りたいって、そう言う目的か…

直ちに部屋へ向かうと中から男の声が…

やはりいる。合鍵を使って中へ乗り込もうとしたのですがチェーンが掛かっていて中に入れず。

すぐに彼女がやって来て「ちょっと待って、すぐ開けるから」と、言いながら中々開けてもらえず。

ようやく開いた時には、男の靴はなく、「どこにおるねん」と、探すのは、トイレ、バス、押し入れ、ベランダ。はたまた外へ飛び降りたか(二階だったので)?

彼はユニットバスにいました(鍵が掛かってましたが)。

「誰やねん」「私の友達やん」「お前の友達やったら俺の友達でもあるんやから紹介せぇよ」と、言ったまま黙り込んだ彼女に、初めて手をあげてしまいました。

平手で彼女のほっぺを一発叩いた瞬間、トイレから飛び出し私を羽交い締めにした男。

二人揉み合いになり、私が、腹にケリを入れて倒れた後、立ち上がりファィティングポーズを取りながら私に「○▲×◎□△◇」と、タガログ語で叫んでいるのですが私には、さっぱり解らず。「ちゃんと日本語で言え!何言うてるかわかるかえ!」と、言った瞬間彼女から「もう出て行ってよ!私の友達やねんから…」と、私に出て行けと言う。

「ようしわかった出ていったる。その代わり、明日この部屋解約するから、すぐに出て行け!」と、捨てゼリフを残して部屋を後にした私を追い掛けて来た彼女。

「ごめんなさい。私が悪かった。でも、日本には、ずっといられないって言ったやん」

「だからって男をあげていい理由にはならへん」

「ねぇ、フィリピンでうどん屋さんしよ🎵」

「俺はフィリピンには行かれへん」

車の中で延々三時間以上話しましたが結論は出ず。マンションの解約は踏みとどまりましたが「二度とあの男を部屋に入れるな」と、約束の後は、入れた様子がなく(時々抜き打ちで泊まりに行ってました)、男はフィリピンから最近やって来て会いに来てたようです。

そんな事件から一ヶ月。

突然生田警察から電話がありました。

「◯◯さんをご存知ですか?」

私も生田暑に呼ばれ事情聴取。その時に、彼女がオーバーステイでなく、密入国だと知ったのです。

拘留中も、拘置所へ何度も面会に行きました。

船で強制送還。

母国へ帰った彼女に何度も会いに行きました。

結婚も考え書類を揃えて大使館へも行ったのですが、オーバーステイでなく、密入国は簡単ではなく、最低でも五年以上の免責期間が必要とか(それでも待つつもりでいたのですが)。

あの阪神大震災が、すべてを変えてしまいました。

あれから三十年弱。今、どうしてるのかなぁ〜

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