K−BAR「マスターの日記」

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zoom RSS マスターの入院生活日記 7

<<   作成日時 : 2018/07/11 00:11   >>

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画像入院生活も今日で11日目。

入院当初右腕の痛みにごまかされて、わからなかったのですが胸の痛みからCT検査の結果。肋骨が折れている事も判明。どうやら入院生活が延長戦にもつれ込みそうです(汗)。

まぁ、POGのイベントも春のG−Tも粗方終わった事だし、焦らずじっくり治したいと思っています。

さて、昨日までは、お店で一部のお客様に話してました暴露話を日記にて公開。

人の人生では、関わる人によって、その後の人生が大きく変わってしまうもの。

画像私もコンビニバイトでT氏と知り合わなかったら、K−BARの存在はなく、この日記もありませんでした(ホームページはT氏が作成)。

下記は、私の系譜。

昭和30年12月貿易会社員の父と、大丸店員の母の長男として神戸市葺合区磯上通(現.神戸市役所前)に産まれる。

父が貿易会社を独立。垂水区に自宅を新築。住み込みのお手伝いさんと、家庭教師(神戸商大の学生)がいる社長のお坊ちゃん時代。

高校時、手形詐欺や保証人などで借金を背負い父の会社が一度目の不渡りを出し、家財道具に裁判所の差し押さえの紙が貼られ、翌年二度目の不渡りで会社は倒産。自宅を競売に出され賃貸マンションへ引っ越す。

テレビで見た「ローラーゲーム」にあこがれ東京板橋のトレーニングスクールへ。親から「授業料払わないと除籍になる」と、電話があった時も「もう払わないでくれ。大学に戻る気はない」と、二年で中退。

ローラーで生きて行くと決めた私でしたが、三年でブームが去り傷心帰省(最後は、ファイトマネーがチケットでした)。

神戸に戻り親の脛をかじっていた(プー太郎)私。テンポイントの死で、お墓参りがしたくて北海道へ。

そこで知り合った牧場で半年間バイトさせて頂きました。

牧場を後にして、神戸に帰ったのは、好きな女性が出来たから。牧場に一人旅として訪れ実習生として二日間滞在して旅立った彼女に一目惚れ。

神戸に帰って所帯を持ちたいと思い三度目のデートでプロポーズ。

結婚話は、トントン拍子に進んだのですが、それは表面上。一人娘(彼女は埼玉の社長令嬢でした)を遠くにやりたくないと言う両親の思いは強く。

結局、この話は、結婚式寸前で破談。

私は、仲人をしてもらう予定だった父の親友のツテで、某住宅メーカーに就職。

順風満帆な社会人生活を送っている私でしたが、入社五年目の六月。貿易会社を辞め、母にレジ番をさせて経営していたうどん屋を父が本業にしていましたが、今度は「国鉄店舗詐欺」の被害に遭い倒産。両親は、破産宣告をする事に。

当時の事を書いたブログ。  (http://k-bar.at.webry.info/200606/article_15.html

債権者は、私の会社や自宅にもやって来て会社に迷惑あってがかかるので退社。

画像その後、不動産会社で、フルコミッションとして六年間働き父の死後、母と県庁のすぐ側で、父が手掛けていたうどん屋を引き継ぎ十五年やってました。

当時知り合ったフィリピン女性と四年間同棲もしましたが、訳あって強制送還。

そのあとに知り合ったのが、亡くなった家内で、結婚後三年で病気発症。K−BARの開業とほとんど同時でした。

父のお店が倒産、夜逃げと言う人生で一番辛い経験をしてきた私が、更に辛い最愛の妻を失うと言う経験をしたのが、結婚十七年目。K−BAR開業後十二年目の出来事でした。

まぁ、事故でも遭わない限り、どちらかが先に逝くのが宿命。私には、まだやる事が残っていると言う事でしょう。

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